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「朝護孫子寺」聖徳太子創建

『朝護孫子寺』を創建したのは聖徳太子!境内に虎が多数いる理由は

朝護孫子寺』は奈良県生駒郡平群郡(へぐりぐん)の信貴山にある寺院で、信貴山真言宗の総本山です。
587年に聖徳太子が自ら刻んだ毘沙門天を本尊として創建したのが始まりとされています。
寺が創建された信貴山は「信ずべき貴ぶべき山」と聖徳太子が名付けたともいわれています。
境内には張り子の虎をはじめ木製やブロンズ製で作られた虎がいたるところにいます(信貴山で一番古い「笑い寅」などが見所)。
これは聖徳太子が当寺院を創建する以前の582年に本尊・毘沙門天の感得を得たのが寅の年・寅の月・寅の日・寅の刻であったためといわれています。

本尊の毘沙門天が安置されているのは「本堂」で、内部には御祈祷(申し込む必要あり)した際にしか見られない「毘沙門天王二十八使者像」も安置されているのでぜひ見てみてください。

天皇からも崇敬された『朝護孫子寺』も戦国時代には戦禍により焼失

当寺院は平安時代になると命蓮(みょうれん)という僧侶によって伽藍(寺院の建造物)が整備されます。
命蓮は第60代天皇・醍醐天皇の病を治したという縁もあり、天皇より「朝廟安穏・守護国士・子孫長久」の祈願寺として崇敬されるようになり、「朝護孫子寺」の勅号を賜りました。

戦国時代に入ると当寺院がある信貴山には信貴山城が築かれ、1560年には三好長慶の家臣でもある松永久秀が入ります。
しかし、1577年に信貴山城が織田信長に攻め込まれると信貴山は落城し、この時に当寺院の建造物なども焼失してしまいます。
以後、当寺院は荒廃した時期が続きますが、1610年に豊臣秀頼によって本堂やその他伽藍の再建がなされました(豊臣秀頼の祈願所となる)。

『朝護孫子寺』で唯一の国宝“『信貴山縁起絵巻』”

当寺院では国宝に指定されている『信貴山縁起絵巻』が霊宝館で見られます。
この絵巻は四大絵巻物(他の3つは『源氏物語絵巻』『鳥獣人物戯画』『伴大納言絵詞』)の1つに数えられており1951年に国宝に指定されました。
作者は不明ですが、作中にでは命蓮上人の信貴山に関する説話が描かれ、「山崎長者の巻」「延喜加持の巻」「尼公の巻」の3巻から成っています。
当寺院で見られるのは複製ですが(原本は奈良国立博物館に保管されている)、描かれている人物の躍動感、風景などの描写も非常に優れており、そのうえ劇的な表現を使ったのはこの絵が最初であるといわれています。
ちなみにこの絵巻は『鳥獣人物戯画』とともに日本の漫画文化のルーツとも言われています。

『朝護孫子寺』へのアクセス

〒636-0923 奈良県生駒郡平群町大字信貴山2280−1

JR近鉄「王子駅」より奈良交通バスの信貴山門行きに乗車し「信貴大橋」で下車。

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