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建築

「大多喜城」本多忠勝の居城

歴史のロマンへの第一歩〜子供たちにもわかりやすい武将、本多忠勝

千葉県夷隅郡にある大多喜城は、「続日本100城」に選定されました。
いすみ鉄道で大多喜駅下車、徒歩15分ほどの小高い丘にあります。

大多喜城』は、徳川家康の四天王の1人として活躍した武将、本多忠勝が10万石を拝領して入城した城として有名です。

本多忠勝は、大胆な戦略で知られ、50戦以上の戦さの中で擦り傷一つ負わなかったとされ、数々の武将から賞賛されました。
大多喜城』については、近年に様々な発掘調査が行われ、現在も色々な仮説があり、調査が進められています。

本多忠勝が築城したと考えられていましたが、近年の発掘より、千葉県木更津市の真里谷城主であった、真里谷武田信清が築城したという説が有力とのことです。

巨大な井戸の圧倒的な迫力に息を飲む「大多喜城」

当時の建造物で残っているものの中でも、特に見どころは、二の丸御殿薬医門大井戸です。

現在の大多喜高校の敷地内にあります。かなり広範囲に城の縄張が張られていたことがわかります。

さらに、本丸跡に土塁、大手門付近に堀跡が残っており、焼失した天守の代わりに、三層天守絵図を元に資料館が建てられています。

資料館には、鎧、兜、刀剣などの武具等が展示されており、当時使用されていた石器類などの発掘物も展示されています。
鎧と兜を試着させてもらえるイベントもあるそうです。
そこで販売されている「大多喜城とその周辺」というガイドは、かなり本格的で、お城マニアにとっても利用価値ありです。

難船したスペイン船員らを保護した太っ腹な本多忠勝の子、忠朝

資料館の展示物で、当時の生活の様子を垣間見ることができますが、ひときわ印象に残ったエピソードがあります。

フィリピンからメキシコに向かう途中の海で難船したスペイン船は、御宿沖に到着しましたが、漂着したメキシコ人のロドリゴ船長ほか船員たち317人を、地元民は丁重に保護しました。
本多忠勝の子、忠朝が彼らを大多喜城に迎え入れて世話をしたとのことでした。

忠朝の紹介で徳川家康にも謁見し、無事にスペインに着いたロドリゴ船長の知らせを聞いて、時のスペイン国王フィリペ3世は金の時計を家康に寄贈したそうです(久能山東照宮に保管)
それを機に現在でもスペインやメキシコとの交流が続いているとは、本多家は外交面でも長けていたといえます。

菜の花と桜の3月中旬から4月初めがお勧め 〜ローカル線も見どころ

天守跡の資料館は、基本的に月曜日が休館で、月曜日が休みの場合は火曜日も休館となります。

入場料は大人200円。資料館に行くのに、大多喜高校の中を通る道もあるようですが、大多喜高校の前の道をさらに上がって行く道のほうがよいようです。

3月中旬から4月初めの、菜の花と桜の時期に行かれることをお勧めします。
お花畑の中をローカル鉄道が走り、そのバックに大多喜城を写真撮影することができます。

アクセス

住所
・〒298-0216 千葉県夷隅郡大多喜町大多喜481

「電車」の場合
・いすみ鉄道「大多喜駅」より徒歩20分
・JR外房線「茂原駅」から小湊バス「大多喜行き」で”久保”下車、徒歩で20分程度または「茂原駅」からHMC東京(都バス)「大多喜行き」で「大多喜駅」下車、徒歩にておよそ15分。

「自動車」の場合
・圏央道「市原舞鶴IC」からおよそ20分程度
・館山自動車道「市原IC」からおよそ50分程度
・館山自動車道「木更津北IC」からおよそ55分程度

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