日本の歴史において神社仏閣への参拝は、信仰のためだけでなく、一大レジャーとして人々の楽しみでした。参拝の旅は、単なる宗教的な行為に留まらず、日常生活から離れて心身をリフレッシュさせる機会となっていました。特に江戸時代では、他国への移動が厳しく制限されており、特別な理由がない限り自由に旅をすることは困難でした。しかし、その数少ない許可条件の一つが「参拝」でした。これにより、人々は信仰を理由に遠方を訪れることができ、その旅は一種の冒険や娯楽ともなっていました。
全国各地に、参拝先として人気を集める神社や寺が数多く存在します。その一つが香川県にある金刀比羅宮です。金刀比羅宮は、古くから「こんぴらさん」の愛称で親しまれ、全国から多くの参拝者を迎えています。今日は「こんぴらさん」を散歩し、歴史や信仰、美しい自然と調和した魅力を存分に味わってみましょう。
今日のルート 参拝はもはや登山!1368段を踏破して「こんぴらさん」を散歩
A.(スタート)「JR琴平駅」
B.一之坂
C.大門
D.桜馬場〜旭社
F.本宮
G.奥社
H.(ゴール)琴電琴平駅
散歩の前に、金刀比羅宮(こんぴらさん)について
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金刀比羅宮(ことひらぐう)は、香川県仲多度郡琴平町に位置し、象頭山の中腹に鎮座する歴史ある神社です。この神社は、「こんぴらさん」の愛称で広く親しまれており、地元の人々だけでなく、全国各地から多くの参拝者が訪れます。
金刀比羅宮への参道は、急傾斜の石段が続くことで知られており、その数は1368段にも及びます。特に本殿へ至るまでの石段は、参拝者にとって試練とも言える難所でありながら、その先には壮麗な本殿が待ち受けています。この本殿は、神聖な雰囲気に包まれており、参拝者は石段を登り切った達成感と神聖な気分を味わうことができます。
また、金刀比羅宮は古くから海上安全の守護神として信仰されており、海運業や漁業に携わる人々にとっても特別な存在となっています。多くの参拝者が、航海の無事を祈願しに訪れる場所でもあります。
金刀比羅宮「こんぴらさん」の歴史と背景
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「こんぴらさん」として親しまれている金刀比羅宮は、もともとは象頭山松尾寺という真言宗の寺院の一部であり、神仏習合の信仰形態の中で「金毘羅大権現」を祭祀していました。この神は、海上交通や漁業の守護神として広く信仰され、特に海上安全を願う人々にとって重要な存在でした。
しかし、明治時代の神仏分離令によって、仏教的な要素を排除する政策が取られた結果、金毘羅大権現の奉斎は廃止されました。その代わりに、現在の金刀比羅宮では「大物主神」と「崇徳天皇」が御祭神として祀られています。大物主神は日本神話に登場する大和の国土を守護する神として、また崇徳天皇はその霊威によって災厄を防ぐ神として敬われています。
こんぴらさんの起源については、8世紀初めの大宝年間に遡ると言われています。修験道の開祖として知られる役小角(えんのおづぬ)が、この地で金毘羅(クンビーラ)という天部の神の力に触れ、その神力に導かれたことが、こんぴら信仰の始まりとされています。役小角は、山岳信仰を基盤とする修験道の修行者であり、彼が伝えた信仰はその後の世代に受け継がれ、こんぴらさんの信仰として広がっていきました。
クンビーラは、古代インドに起源を持つ水の神であり、古代から海上交通を守護する神として尊崇されてきました。そのため、こんぴらさんもまた、海上の安全を願う多くの人々から篤く信仰され、現在に至るまでその役割を果たし続けています。
金刀比羅宮「こんぴらさん」の見どころは?
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こんぴらさんの最大の見どころは、何と言っても山を登る急勾配の石段に沿って続く参道と、その道中で目にすることができる美しい景色です。この参道は、参拝者にとって一種の試練でありながらも、その道のりが神聖な空気を感じさせる特別な場所として、多くの人々に親しまれています。道中の石段を一歩一歩踏みしめながら進むことで、まるで古代の人々が歩んだ同じ道をたどっているかのような感覚を味わうことができます。
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この神社が、日本独自の山岳宗教である修験道に由来していることから、参道の随所に修行の場としての厳かな風情が色濃く残っています。修験道は、山々を聖域とし、自然との一体感を重視する信仰形態であり、こんぴらさんもまたその精神を継承しています。山中に広がる静謐な雰囲気や、そこにたたずむ社殿は、訪れる人々に深い感銘を与え、精神的な浄化を促す場所となっています。
そのため、こんぴらさんは単なる参拝の場を超え、神聖な力を体感できるパワースポットとしても広く知られています。ここを訪れることで、心身ともに癒やされると感じる参拝者も少なくありません。こんぴらさんの見どころは、まさにこの神聖な情緒に満ちた空間そのものであり、訪れる人々にとって特別な体験を提供しているのです。
金刀比羅宮「こんぴらさん」の御利益は?
「金刀比羅宮」の御利益は農業の発展、殖産の繁栄、医薬の進歩、さらには海上交通の守護とされています。特に海上交通や漁業など、海や水に深く関わる人々にとって重要な存在として信仰されています。
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参拝はもはや登山!1368段を踏破して金刀比羅宮「こんぴらさん」を散歩スタート
A.金刀比羅宮の最寄り駅「琴平駅」、「琴電琴平駅」からスタート
「こんぴらさん」への参拝には、最寄り駅は、JR土讃線の「琴平駅」と、ことでん琴平線の「琴電琴平駅」の二つの駅です。参道に近いのは「琴電琴平駅」です。
「JR琴平駅」は、明治22年(1889年)に開業した長い歴史を誇る駅です。その駅舎は、国の登録有形文化財として指定されており、レトロな雰囲気とおしゃれなデザインが魅力です。古き良き時代を感じさせる駅舎には、多くの観光客や鉄道ファンが訪れます。
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「JR琴平駅」
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「琴電琴平駅」
一方ことでん「琴電琴平駅」の駅舎は、昭和63年瀬戸大橋開通に合わせて建て替えられ2代目です。
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駅舎を後にして、10分ほど金倉(かなくら)川沿いを進み、山側に折れると「こんぴらさん」の表参道の入り口に着きます。
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B.1段目「参道」から113段目「一之坂」 両脇にお店が立ち並びにぎやか
表参道の入り口からいよいよ石段のスタートです。まずは365段目にある金刀比羅宮の総門である「大門」を目指します。最初は比較的緩やかな石段が100段ほど続きます。石段には区切りの良い段数で表示がされているので励みにしながら、自分のペースで登りましょう。
参道の両脇にはお店が立ち並んでいるので、覗きながら進めば気が紛れる……かもしれません。
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113段目にある備前焼の狛犬が鎮座する一之坂鳥居を潜ると「一之坂」の急な階段となります。「大門」を抜けた先は神域とされ、基本的に両脇のお店がなくなります。つえを貸し出しているお店もここまでなので、必要な方はつえを借りておきましょう。
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C.365段目「大門」 そのさきは金刀比羅宮の神域へ
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一之坂を登りきると、金刀比羅宮の総門である「大門(おおもん)」がそびえ立っています。大門は慶安二年(1649年)に讃岐初代藩主・松平頼重が奉納したもので、2層入母屋造の質実剛健な佇まいです。頼重は、後に水戸藩の二代目藩主として広く知られる水戸黄門、徳川光圀の兄にあたる人物です。
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「大門」までは365段です。その365段をかご屋さんに運んでもらう「石段かご」は、江戸時代から続くこんぴらさんの名物光景でした。長い年月にわたり、お年寄りや体の不自由な方の参拝を助けてきましたが、担ぎ手の高齢化と後継者不足で惜しまれながら2020年1月に廃業しました。
「大門」をくぐるとその先は神域です。これまでの雰囲気が一変します。気持ちを新たにして先に進みましょう。
D.370段目 桜の名所「桜馬場」でホッと一息の平坦道
大門をくぐり神域の始まりは、「桜馬場(さくらのばば)」と呼ばれる場所です。150mほど平坦な石畳の道が続きます。
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こんぴらさんには約3500本もの桜が植えられており、その中で一番の桜の名所は、ここ「桜馬場」です。道の両側に桜の木が植えられており、満開の時期には桜のトンネルとなります。
毎年4月10日には桜花祭が開催されます。桜の花が散る春の季節は、病気や災いをもたらすと信じられていた邪気や疫病の神(疫神)が、花とともに風に乗って広まるのを鎮めるために祭りが執り行われます。花に疫病除けの願いが込められています。
「桜馬場」を半分ほど歩いた右側に、石造りの建物があります。明治三十八年(1905年)に建てられた「金刀比羅宮宝物館」です。大阪城築城にも使われた丸亀市産の「青木石」を用いた和洋折衷テイストの建物は、とてもおしゃれで、貴重な社宝の展示を見ることができます。
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他に「書院」やカフェレストラン「神椿」があり、参拝途中の休憩にもおすすめです。
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桜馬場を抜けると石段の再開です。628段上ったところに、仏閣を思わせる壮麗な「旭社」に到達します。もともと江戸時代のお寺の金堂として建築されたもので、神仏習合の風情を色濃く残す建物です。
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ここまで登ったところでよくこんぴらさんの本宮と間違われますが、本宮まではあともうひとふんばりです。
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E.785段を踏破し、いよいよ金刀比羅宮の「本宮」
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急な傾斜が続く「御前四段坂」の階段133段を上りきると、いよいよ「本宮」に到着します。この時点で、長い石階段の785段を踏破したことになります。
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本宮は、航海と大地の守護神である「大物主神」と不遇の運命をたどった「崇徳天皇」を祀っており、歴史と神話が交錯する荘厳な場所です。特に本殿は、厚い檜皮葺の屋根が特徴的で、古の日本建築の美しさと神聖さを体感できる空間となっています。この場所に立つと、静寂の中に漂う神聖で厳かな雰囲気が、訪れる人々の心を清めてくれるかのようです。
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本宮の右手にある展望台からは、讃岐平野を一望できる絶景が広がり、天気の良い日にはその眺めに心を奪われることでしょう。広がる田園風景と山々の調和が、訪れた人々に自然と歴史の共存を感じさせます。
なお、石段の本来の段数は786段ありますが、「786」が「悩む(なやむ)」という音に通じるため、縁起を担いで本宮の手前で一段分を調整し、785段にしているそうです。
F.さらに583段上って金刀比羅宮「奥社」へ1368段を踏破
こんぴらさんは、本宮で参拝が終わるわけではありません。さらにその上へと583段の石段を登り続けると、「白峰神社」を経て、ようやく「奥社」にたどり着きます。
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奥社には「厳魂彦命(いずたまひこのみこと)」を祀る「厳魂(いずたま)神社」が鎮座しており、ここまで来ると標高421メートルの高地に到達します。天気が良ければ瀬戸内海に架かる雄大な瀬戸大橋を見渡すことができ、神聖な空気とともに絶景を楽しむことができます。
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ここまでの石段は合計で1368段に及びます。この長く険しい参拝の道のりこそ「登拝(とうはい)」と呼ぶにふさわしい体験です。古来より多くの参拝者が厳しい道のりを歩んできたのも、ここがただの観光地ではなく、心身を清め、神に近づくための特別な場であることを感じさせます。
「奥社」までの参拝を終えた後には、心地よい疲労感とともに達成感を得られることでしょう。険しい道のりではありますが、かけがえのない体験をしてみませんか。
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G.下りによくよく気を付けて
最後の「奥社」まで登り切ったとしても、無事に下山するまでが重要ですので、十分に余力を残して往復できるかどうか体力と相談しながら決めることがポイントです。
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こんぴらさん散歩は、トレッキングや登山といった方が近い、ややハードな登拝です。そのため、歩きやすい靴や動きやすい服装、水分や行動食の携行といった軽登山に準じた用意をしてお参りするのがよいでしょう。
決して軽い気持ちと装備で挑まず、よくよく安全に配慮してこんぴらさんの散歩・お参りを楽しみましょう。無事に駅へ着いたら、今日の散歩は終了です。お疲れさまでした!
金刀比羅宮へのアクセス
住所:〒766-8501 香川県仲多度郡琴平町892-1
電車
・最寄り駅:JR「琴平駅」もしくは ことでん「琴電琴平駅」から徒歩約10分(参道まで)
車
・高速道路を利用する場合、最寄りのICは、善通寺ICです。降りてから約8キロです。
・金刀比羅宮には専用駐車場がありません。周辺には民間の有料駐車場が多数ありますので、そちらを利用してください。
金刀比羅宮の公式サイト
・金刀比羅宮公式ホームページは、こちらから